読書や日常の感想文

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頭の中の文字起こし

【感想】SF短編集 伴名練『なめらかな世界と、その敵』

ここ最近は60年代〜70年代のSF小説ばかりを読んでいましたが、今回は2019年に出版された伴名練の短編集『滑らかな世界と、その敵』を読みました。

読んだきっかけは、とにかく最近のものを読みたかったことと、表紙の女の子の目力にやられたからです。短編集ということで、この本には6つの話が収録されており、どの話も独特の世界設定で読み始めは頭が混乱する時もありますが、話の終盤に近づくにつれて急に理解が進み、一気に面白くなる話ばかりでした。

 

なめらかな世界と、その敵

並行世界を行き来する事が当たり前の世界で、女子高生の主人公が、事故により並行世界を行き来できなくなる障害を負った幼馴染と再会する話。

冒頭で独特な世界観で始めは混乱する、と書いた1番の理由となった作品です。常に並行世界を行き来するため、夏だと思ったら雪が降って、コンビニ店員かと思ったら警察官で、それが何の前触れもなく繰り広げられるので、最初は話の流れが掴めず理解が追いつきませんでした。でも徐々に理解が追いついてくると、凄く面白い設定だと感じてきます。そうなると不思議な事に、文章は変わっていないのに読みやすく、ぼんやりしていた世界観が急にはっきりイメージできるようになりました。

不都合な事があればそれが起きなかった並行世界へ逃げる事ができる世界で、幼馴染はそれが出来ないために悔いのないよう精一杯生きようとします。そんな幼馴染を主人公は並行世界へ渡る力を駆使して支えようと友情が描かれた青春ストーリーでした。

 

ゼロ年代の臨界点

日本におけるSF小説ゼロ年代となったある小説家についての研究レポートを解説していくような形で話が進んでいく作品。

初めて読むタイプの小説で、最初は収録されている話の間のコラムか何かと勘違いしてしまい、登場する小説家を実在すると思ってネットで検索した事で、それが物語であると理解しました。こういうタイプの小説もあるんですね。

感想としては、一度読んだだけでは理解する事が難しかったです。どんな結末なんだろう、と楽しみにしながら読み進めていくと気が付いたら終わってしまった、そんな印象でした。僕の読解力が未熟なだけだと思いますが、この物語のひねりというかトリックの部分が何なのか全く分かりませんでした。それでも、もう一度読み直してみると、これがただのSF小説の歴史を面白く語る話ではなくて、しっかりSF小説である事に気がつきます。難しかったですが、今まで読んだことのない新しいタイプの小説で新鮮でした。

 

美亜羽へ送る拳銃

まず、タイトルを見て驚きました。タイトルにある美亜羽(ミアハ)の名前は、伊藤計劃の「ハーモニー」に登場する少女の名前と同じで、この独特の名前が偶然かぶることはまず無いと思っていたら案の定、その作品を意識したものでした。

脳にナノマシンを埋め込むことで、感情や性格をコントロールする技術が確立された世界での主人公の実継と美亜羽の奇妙な恋愛を描いた物語。人間の意識を取り扱っているところがまた伊藤計劃の「ハーモニー」を彷彿させます。

物語の世界では、科学技術で人間の意識をコントロールし、永遠に相手を愛し続けることや、会話や運動に対する意欲を高めたりするなどが実現しています。この技術を活用すれば、全く正反対の性格の人間に変わる事も可能になりますが、そうして生まれたその人の人格は作り物なのか、それとも1人の人間なのか。物語に登場するWK(ウェディングナイフ)という拳銃の見た目をしたナノマシン射出装置があり、頭部に当てて引き金を引く事で脳にナノマシンを打ち込むことができるのですが、この装置の存在が物語を凄く盛り上げてくれました。WKを使う事で生命を断つことはできませんが、考え方によっては人を殺せます。科学の進歩が世界を変えていくというのは他のSF小説でもありますが、色々と考えさせられるところがあり、非常に面白かったです。

 

ホーリーアイアンメイデン

鞠奈のもとに亡くなった妹の琴枝から手紙が届く。琴枝が亡くなった後に鞠奈のもとに届くように準備されたもので、琴枝の生前の心境が綴られていた。鞠奈には、触れる事で人の邪な心を取り除く不思議な力が備わっており、その力を妹として間近で見ていた琴枝の想いが手紙で語られます。

全て琴枝の手紙文章で物語が進むため、それを読んでいるであろう鞠奈の心境などの描写はありません。でも、そこがまた読み手の想像力を掻き立てる部分なんだと思います。

時代が戦時中の日本という事で、手紙の文章もその時代に合わせた丁寧でお淑やかな言葉遣いで、物語全体はゆったりとした雰囲気です。でもそこに、琴枝の生前の鞠奈に対する尊敬や恐怖などの想いが混ざることで、気味が悪く、うすら怖さを感じました。読む前にはなんとも思わなかったタイトルが、読み終わった後に改めてタイトルを見ると不気味さを感じるような、そんなホラーな話でした。

 

シンギュラリティ・ソヴィエト

人口知能が人類を統率した世界を描いた話。SFの実現しそうでしない雰囲気と、好奇心を掻き立てる科学技術の要素が沢山詰まっていて面白かったです。

冷戦時代、米国と宇宙開発競争を繰り広げていた裏で、ソヴィエトは人口知能の開発に注力していた。米国はアポロ計画による人類初の月面着陸を目前に、全米がその瞬間に注目していたが、月面に着陸して明らかになったのは、既にソヴィエトが月面着陸を成功している事実だった。その成功に導いたのは、ソヴィエトが開発した人口知能「ヴォジャノーイ」で、これによりソヴィエトはシンギュラリティ(技術的特異点)に到達し、宇宙開発競争、そして冷戦を制した。

物語はソヴィエトがシンギュラリティに到達した数年後のソヴィエトで、道で倒れていたアメリカ人記者マイケルとヴィーカが出会う事で進んでいきます。ヴィーカはヴォジャノーイの指示に従って、マイケルに対応をし、その中でヴィーカの隠された過去が明らかになっていきます。ヴィーカの話をメインに進みますが、それもヴォジャノーイの全知全能感を演出するためのようで、結末のスケールの大きさには驚きました。SFの格好良さが詰まった作品でした。

 

光より早く、ゆるやかに

物語に入り込みやすく、終盤の盛り上がりも良くて、他の話と比較してかなり読みやすかったです。

主人公の速希は高校2年の修学旅行を境にクラスメイトと会えなくなってしまった。クラスメイトを乗せた新幹線が突然時間が止まったように遅くなる低速化現象に襲われ、原因不明のその現象から解放させる術も見つからず、新幹線の乗客は実質死亡したことと同じように扱われた。速希と薙原は修学旅行を欠席していたため、その事件に巻き込まれずに済んだが、クラスメイトを失った事で2人のその後の人生に大きな影響を与えた。

新幹線低速化の事件に対する世の中の反応や、被害者の家族の心境などが細かく表現されており、ネットで事件を題材にした小説が投稿されるなどの世の中の悪気の無い無関心な感じはいかにも現代っぽくて、物語に入り込みやすかったです。

登場人物は、弱気で悩みがちな早希、勝気でまっすぐなヤンキー少女の薙原、胡散臭い速希の叔父など、キャラクターが立っていて馴染みやすかったです。アニメ映画でよく見られるようなキャラクター構成だと感じたのですが、黄金パターンみたいなものがあるんですかね。

高速移動する新幹線が低速化するという設定も面白かったです。時間の速さが二千六百万分の一になり、新幹線が次の駅に到着するのは西暦4700年頃になるということで、まさに新幹線はタイムマシンになってしまった状態です。SF小説では地球を出発して光速で運航する宇宙船に乗っている人は地球上の時間より時間の進み方が遅くなり、地球に戻った頃には宇宙船の運航日数よりも何倍もの時間が進んでいる、という設定が良くありますが、その変化版といった感じです。目の前で相手との時間の差を感じるという状況がこんなに面白いとは思いませんでした。石になる、時間が止まってしまう、といった設定はよくありますが、ほぼ同じ状態にも関わらず、ゆっくり動いているという事が加わるだけで話の展開が一気に広がり、とても面白かったです。

 

最後に

バリエーションも豊富でとても面白かったです。どの話も面白く、少し難しい話もありましたが理解できた時に一気に面白くなる感覚をあじわえるとおもいます。人におすすめできる本だと思います。

短編集は初めて読んだのですが、色々な話が読める分満足感があって良かったです。他の短編集も読んでみたいと思いました。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

なめらかな世界と、その敵 [ 伴名 練 ]

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