読書や日常の感想文

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頭の中の文字起こし

【感想】民俗学とSFの絶妙コラボ『アメリカン・ブッダ』柴田勝家

柴田勝家の『アメリカン・ブッダ』が凄く面白かったです。最近は色々な本が読みたいと思い、短編集を読んでいるのですが、この短編集はどの話も面白くて一気に読み切ってしまいました。


 

偏見でほんと申し訳ないのですが、実は作者の名前を見て一度購入を見送った事があり、後から調べてみて凄く評価が高い本だと知り、戻ってきて購入したんですよ。本の内容を見る前に作者の名前に目がいって、「ん?武将?なんか違うかな。」と、ろくに見もせずに判断した当時の自分が恥ずかしいです。

まあ、そんな話は置いといて、内容の感想について書いていきましょう。

 

雲南省スー族におけるVR技術の使用例

生涯をVRの世界で過ごすスー族の話です。初っ端のこの話で、この短編集は面白い!と感じましたね。それもそのはず、この作品は優秀なSF作品に贈られる星雲賞を受賞した作品で、一見相容れないと思われる民族とVRの組み合わせが見事にハマった面白い発想の内容でした。作者の柴田勝家さんは大学院で民俗学を専攻していたようで、話の中で宗教だとか民間伝承の要素がよく出てくるのですが、これがまた面白いんですよ。そもそも、僕はこの本を読むまで民俗学がどんな学問かさえ知らなかったのですが、こうやって小説として読むと面白いもんですね。

VRと民族ってだけで凄く興味をそそる組み合わせなのに、その民族が本当に存在しそうだと思えるぐらい細かく描かれていてしかも面白かったです。仮に短編じゃなくても、ずっと読んでいられそうです。

 

鏡石異譚

岩手県にILC(国際リニアコライダー)ができた未来を描いた作品で、ILCにより発見された新しい粒子を中心に巻き起こる不思議な話です。

まずILCとはなんだ?と思ったので調べてみると、実際に岩手県で開発が進められている次世代の直線型加速器のようです。電子と陽電子を光速に近い速度まで加速させ、正面衝突させることで、一瞬だけビッグバン直後の状態を再現でき、それを観測する事で宇宙の謎を研究できるみたいなんですね。

話の中ではILCができる数年前から始まり、その近くに住む主人公の女の子はある出来事がきっかけで、時々未来の自分が見えるようになり、未来の自分の助言により不幸を回避するという経験をします。月日は流れ、ILCが完成し、女の子の不思議な体験とILCが徐々にリンクしていく、そんな新感覚タイムトラベルな話でした。個人的には、話全体のどこか寂しい雰囲気が好きで、とても読みやすかったです。

 

邪義の壁

江戸時代初期から建っている日本家屋、住人が居なくなってしまった事から文化財に登録しようとしたところ、家の一室の壁から人骨が発見されてしまうというホラーな話です。

ホラーと言っても幽霊が出てくるようなものではなくて、その日本家屋が辿ってきた不気味な歴史に感じる、じわじわくる怖さが堪りませんでした。

主人公は人骨が出てきた壁を取り憑かれたように調査をし続けていくのですが、その段々狂っていく感じがまた不気味で、結末も薄寒い感じでした。

壁にスポットを当てた話なんて初めて読みましたが、しかもそれが面白いなんて驚きです。

 

一八九七年:龍動幕の内

別作品である『ヒト世の永い夢』の前日譚で、一見変人にしか見えない偉い学者さんが公園に現れた天使の正体を暴くために駆け回る話です。

この短編集の中で1番強烈な印象を残した主人公で、服の中で菌を繁殖させて研究するなど奇怪な行動が目立って、話の内容よりも彼の行動が気になってしまいました。内容はもちろん面白かったのですが、別作品の前日譚だからか、この話というより『ヒト世の永い夢』が気になる内容でした。今度読んでみたいと思います。

 

検疫官

これも発想が面白かったですね。物語を病原体として、国外から物語性のある漫画や創作物を国内に持ち込まないようにする検疫官が主人公の話です。

はじめは、物語が病気?どういうこと?となりましたが、読み進めるほどに物語性のあるものが本当に病気のように思えたのは凄かったですね。確かに、伝承って見方を変えたら人から人へと感染るウィルスのように思えなくもないですよね。しかもその内容が人に害するものであれば病気と一緒かもしれません。

主人公が務める空港に1人の少年が現れたことをきっかけに、主人公の精神が物語に侵されていく表現は奇妙で面白かったです。窪みにすっぽり収まったかのようなラストのオチも良かったです。

 

アメリカンブッダ

表題作なだけあってすごい面白く、この本の中で1番気に入ってます。大洪水と呼ばれる災害をきっかけに身体を冷凍保存して、電脳世界に国民の意識を移住させたアメリカを舞台に展開する仏教とSFのコラボレーションがすごく新鮮な話でした。

現実世界に残った仏教を信じるインディアンのミラクルマンが電脳世界のアメリカ国民に向かって仏教の悟りを説くのですが、これがまた絶妙に電脳世界の人々の状況とマッチしていて、ミラクルマンの配信を心待ちにしている電脳世界のアメリカ国民と一緒に僕もミラクルマンが説く仏教に夢中になっていましたね。

雲南省スー族におけるVR技術の使用例』もそうでしたが、電脳世界と宗教が合わさると独特な面白さが出てきて凄く新鮮でした。特に最後のオチなんて衝撃的で、是非読んでもらいたいですね。

 

おわりに

早川書房から出版されている「SFが読みたい! 2021年版」のベストSF2020 国内編第2位に入っていたことから購入したのですが、ランキング通りの満足のいく面白さでした。他のランクイン作品も気になりますが、柴田勝家さんの別の作品も気になっているので迷いますね。

余談ですが、柴田勝家さんの写真がネットに上がっていたのを見たのですが、正に柴田勝家!といった風貌のお方でした。作品の面白さにも驚きましたが、名前、見た目など色々とインパクトのある作家さんですね。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。