スマホを触っていてたまたまある漫画の広告が目に入りました。漫画のタイトルは「夫を捨てたい。」で、ほのぼのとした絵に似合わないインパクトのあるそのタイトルに惹かれてついつい読んでしまいました。ネットを見ているとこの手の主婦の日常系漫画は広告でよく見かけますが、読んだのは初めてでした。
価格:1,078円 |
まだ最後まで読んで無いのですが、内容としては、育児、仕事、家事に追われる妻が、夫の行動や言動にフラストレーションが溜まって、夫を捨てたいと思うようになっていくという感じです。
妻視点の漫画という事もあって、夫の言動や行動がめちゃくちゃ腹が立つ描写になっています。印象に残っているのは、息子の近況を話そうとする妻に対して夫の一言が「結論から言って」だったシーン。これはかなりイラッときましたね。あのほのぼの顔で言っているから余計に腹が立つんでしょうね。
夫を捨てたくなるのは納得、となったのですが、そう思うにつれて「あれ、僕は大丈夫なのか?」という思いが湧き上がってきました。
この漫画でよく出てくる、本音を言えなかったり、辛い事を察してもらえないことで喧嘩することは、僕にも身に覚えがあります。僕は楽観的というか、深く物事を考えずに言葉を発する事が度々あるので、僕の発言が原因で喧嘩する事が結構あるんですよ。今は言い合いが出来るのでなんとかなっていますが、今後僕にも子供ができたりすると、この漫画のような事が起きるんじゃないのかと思っています。
そんな事を思っていたら、あのほのぼの顔の夫が急に僕と重なって見えてきたわけです。
人の言葉や行動の捉え方って本当に人それぞれなので、自分が想像している真逆の捉え方をされることってあると思います。これについては、相手の心が読めるような特殊能力がない限り、完璧な対策はないように思います。1番理想は互いの認識に食い違いがあれば都度話し合う事ですが、腹が立っていると上手くいかないのが現実ですよね。
じゃあどうしたらいいんだ、と考えてみたところ、ある考えに行き着きました。常に「相手もしくは自分は何も分かっていないんだ」と思う事が、これまでに書いたような人間関係トラブルを回避しやすくなるように思いました。
この考えに行き着いたきっかけは、通勤電車でのある出来事です。僕の通勤路線は人が多いので時間帯によっては座れる事がほぼ無いのですが、ある日、優先座席にサラリーマン風のおじさんが座っているのを見かけました。その近くには年配の方が立っていたので、僕は心の中で「おじさん、スマホいじってないで席譲りなよ」とモヤモヤしたんですね。
でもここで気がつきました。
僕にはおじさんが近くに年配の方が立っている事を知っている上で優先座席に座っている非常識な人と見えていたのですが、考えてみれば僕はおじさんの事を何も知らないんですよね。足を怪我してるかもしれないし、具合が悪いかもしれなし、近くの年配の方にも気づいて無いかもしれない。それに年配の方の事を座りたがっている人と決めつけていましたが、すぐに降りるから立っているだけかもしれませんし、そもそも優先座席の事を意識していないかもしれません。結局、僕が何でも知った気になってモヤモヤしてただけでした。真相を確かめる術は無いのでモヤモヤし損なわけです。
夫婦間だとか親しい間柄になる程、この何でも分かっているはず状態に陥りやすいと思います。夫婦だから、何年以上の付き合いだから、親子だから、と繋がりがある程に「分かっているはず」と思いがちですが、極端な話、よく知っている間柄であっても昨日と今日では経験も知識も状態も違う別人なので、そのつもりで接しないとどこかで食い違いが出てきてしまうのだと思いました。
とはいえ、「相手もしくは自分は何も分かっていない」と思っておく事って結構難しくて、意識してても簡単に実行できません。でも、モヤモヤした後に思い出して、ちょっと早くモヤモヤを解消できるぐらいにはなったかもしれません。
今回「夫を捨てたい。」を読んで考えた事を書いてみました。他人事ではないなと思える事が結構あったので、ちょっと恐怖を覚えました。
初詣には行っていないですが、もし行ったとしたら願い事は「妻に捨てられませんように」としてもいいかもしれません。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。